2006年9月2日土曜日

鳥山昌克のこと(1. 自室にて)

午後10時。部屋のドアを誰かが叩く。

開けると、薄暗い廊下に奴が立っている。

「土産、持って来たぜ」

紙袋を差し出しながら、ぼそっと言う。

「はいれよ」

心地よい静寂を破られた腹いせに、少しだけ無愛想にぼくはそう言うと、さっさと元の位置に腰をおろす。

四畳半のアパートの部屋の真ん中にコタツが置いてある。ドアに背を向けた場所がぼくの定位置であり、奴はたいていその対面に座った。

コタツの上のスタンドが、ランプのような暖かな光を投げている。ぼくの前には開かれたノートが置いてあり、たった今破られたばかりの落ちついた時間の名残りが、まだその辺に漂っている。

「クラシックに行ってきたんだ」

土産といって持ってきた紙袋を自分で破りながら、奴は言う。

「大判焼きだ。食うだろ?」

返事をする間もなくひとつ頬張る。

クラシック--。それはその頃ぼくたちが頻繁に通っていた名曲喫茶の名前だった。

「ああ」

窓の外は秋の夜。もううるさいくらいに虫が鳴いている。