1997年2月1日土曜日

北京の雪(Prologue / Hongkong, Mar.1995)

3月3日に生まれた赤ん坊は、女の子だった。


香港島。華美酒店 (The Wharney Hotel)。

真っ暗なホテルの部屋で、ふいに電話が鳴る。

深い眠りから急速に引き戻されながら、反射的に受話器をとると、お義母さんだった。カーテンから透けて見える空がまだ暗い。

「午前0時12分、女の子無事出産しました。母子ともに元気ですのでご安心なさってください」

お義母さんの声は少し緊張していた。日本から国際電話で掛けてきたのだ。

「あ、本当ですか。どうもありがとうございます」。

寝ぼけた頭を必死に覚醒させようとしながら、ぼくは答える。その努力はまったく報われなかったが、それでもからだ全体に安堵感が広がっていくのがはっきりわかった。

受話器を置くと、時計の針は朝の6時40分を指していた。起きだしてミーティングに向かう時間にはまだだいぶあった。


ベッドの上にもう一度大の字になりながら、ぼくは長かった10か月を思い出していた。