青春はいつも、長い坂道のようだった。
汗ばんだ夕暮れ。いつもののれんをくぐれば、ロングヘアーがはじける。ぼくたちはあさりバターの鉢をつつきながら、ざわめきのなかでふとキスをしたりした。
窓の外はまだ明るい7月。なじみの顔が通り過ぎる学生街。
ぼくたちはとても自由だったが、とても未完成だった。そのころぼくは J.デリダも G.ドゥルーズも知るはずがなくて、毎日がどろどろに溶けたバターのように流れていった。
「ねえ」
「・・・」
「あたし、きれいだと思う?」
つげ義春が背景で、 カノンがBGM。うす汚れた駅ビルのエレベータの箱の中で、ぼくたちは抱き合った。
長い時間を食べたと思う。
長い時間が
ぼくたちを内側から溶かしていった。ここちよい天然痘のように、ぼくたちは形をなくしていった。
だけど
何故気づかなかったのか。
ガトーショコラとダージリンなんかより、ぼくたちのあさりバターのほうがよっぽど幸福に近かったこと。
ぼくはとても満足していたし、
きみは今日のことに夢中だった。
ぼくは遠い明日を見つめていたが、きみは何かにあこがれていた。
そして・・・
ぼくはある日ネクタイを締め、まあたらしいスーツを着てきみの部屋に行った。
きみは2年間のアメリカ留学に発ったあとだった。
「ねえ、あたしと結婚したい?」
いつも、そうだ。
過ぎてから気づく。