1988年11月11日金曜日

ゼロ視界/生/肯定

めざめれば
きょうも
濃霧。一面に 広がる赤いしみ
・・・

旧友(とも)よ。

誰も知らないあの日 ひっそりと旅立った旧友よ いまも
聴いているか。
サヨウナラと
モウワスレルヨと
呟いたぼくの声を。きみの背中に向けて 放たれたその声は
遠ざかった後影に木霊して
いまやっとぼくの耳に 戻ってきた それが

今年の夏だ。

(アテモナクボクハアルキマワッタ/ドコカニコシヲオロスベンチヲサガシテ)

旧友よ。いまも
怨んでいるか 冷たかったぼくを。ゴメンヨと
ゴメンヨと
謝ることはとてもたやすい。だが、
それでこの霧が晴れるというのか ぼくたちはなにも見えない霧に向かって
弾丸を乱射しつづけなくてすむというのか 旧友よ。

ヒロバ ハ ケハイ ニ ミチテイル

あの日もきょうも
きっと明日も。
霧の向こうにいる 不気味なそんざいに向かって ぼくたちは
撃ちつづけずにはいられない。
だからあの日
霧の向こうから よろめくように赤い胸を押さえて現れたのがきみだったとしても それは
ぼくのせいではなかった。
きみのせいではなかった。ただ ぼくたちをつつむ
霧がすべてであった。

そして
ぼくはわすれない。

ぼくが女のからだを抱きよせながら
帰ってきたあの日
きみがぼくの部屋のまえで ぼくの帰りを待ちつづけていたあの日を。
それも決してぼくのせいではなかった。だが、
だが
ぼくは今年の夏を知った。(ソレハザンコクナアカルサノナツダッタ)

旧友よ。

もどってきてくれるか。いまはじめて ぼくには
きみの悲しみがわかるから。
いまはじめてぼくにはきみが必要だから。
きっと
ぼくはまた同じ過ちをくりかえすだろう。
きみもまた同じ過ちをくりかえすだろう。
ぼくたちは それぞれの地下道をあるきつづけて
永遠に旅をともにすることがないだろう。

旧友よ。いま
ぼくたちのすることは 悔いではない 倫理は一切ではない。誤解を恐れずにいうなら
ぼくたちは生きねばならない。
ただ 生きねばならない。濃霧のなかを。
たったひとつ
この霧を吹きはらう風があるとするなら
それは前だけを見てあるいてゆくことだ。

この生を肯定せよ。
それがいっさいのはじまりだ。

この生を肯定せよ。
存在としてではなく 意志として

この生を肯定せよ/ 旧友(とも)よ。