1988年11月7日月曜日

CHANT D'AUTOMN Ⅱ.Kに捧ぐ

1

どこへあるいて
行ったのかきみは あれから。暗い浜辺のうえを
きみはずっと あるいて行った
    (訃報は 都会のうす暗い廊下のうえで つたえられた)

どこで拾ったのか
きみは あおいガラスの小壜を。ぼくの
もう知ることもなかった
きみの浜辺の
どこで拾ったのか 何故。きみは何故と だが

問うのはやめよう。

誰に責めることができるか。はたちと ひとつで死んだ少女のことを。
誰に責めることができるか。
ぼくたちは 皆あるいて行くのに それぞれの浜辺のうえを。

十一月の暗い夜に
きみが拾ったあおい小壜は その夜
寄せては返す波が 打ちあげたのだ。
砂のうえにそれは きみが素足であるくとき 痛みに
きみが思わず腰を折るとき
きらきらと

水晶のように 散りばめられたのだ。
誘惑のように。

すべての魂の
浜辺のうえに。

2

見送りは
風の強い午後だった風はきみの いのちの風のように
故郷に吹きわたった。
ぼくは
黙っていた。
ただ 人々のするように
黙っていた。
意味も判らないで。
きみは

笑っていた ゆらゆらと
たち昇る煙の向こうで
静かに笑っていた。(嗚咽がきこえた)

ぼくたちは
思いだす。故郷の弱められた日射しのしたで 少女はいつも
あかるい顔をしていた と

ごらんよ。すっかり痩せた街路樹のあいだを すり抜けていく
風を。
女たちの笑い顔を 子供の歓声を。
この空に消えていったきみの不在を 誰が証明するのか。
ぼくたちのあいだにきみが(4年を隔ててあつまったぼくたちのあいだに)
笑顔を振りまいてゆかないことを

誰が証明するのか。

俯いた少女たちの 横顔の向こうに
ちょうど
裏返しのように きみのあるいて行った浜辺がつづいている。
ぼくたちのあるいて行く

断崖がつづいている。

3

さようなら
汽車がでる。ぼくはもう忘れるよ。
忘れようと するのでもなく忘れるよ。
さようなら
ただ ときどきは 思い出すかも知れない。
独りの部屋の電灯のスイッチをひねるときや 暗がりの郵便受を覗きこむときなんかに
きみの横顔やきみの名まえを 蒼空に高々と打ちあげた
羽根を追いかける きみの姿を。
きみの死を。

さようなら
汽車がでる。ぼくはもう忘れるよ。
さようなら
おだやかな 冬の故郷よ。