2014年7月26日土曜日

蝉時雨、交差点

夏の日。


いつものように、ぼくは九段坂上の交差点で信号を待っている。

靖国通りに内堀通りがTの字にぶつかるその交差点は、複雑に信号が入れ替わるせいか待ち時間が長い。通りに沿ってこんもりと茂る神社の杜から、降るような蝉の声。


信号が変わる。内堀通りからクルマの列が斜めに交差点に進入してくる。

ふと、最近立て続けに読んだ小説-- 戦後を舞台にした-- のいくつかが脳裏に浮かぶ。建物は今よりずっと低く、みすぼらしく、クルマも今よりずっと少なく、オンボロだったのだろう。人々のファッションもたぶん今より冴えないが、それでも白いワイシャツのビジネスマンが夏空を見上げて額の汗を拭う仕草は今と変わらなかったかもしれない。


ふいにクルマの音や人々の声が途絶え、ただ音も色もなくしたクルマの列だけが流れていく錯覚にとらわれる。

蝉時雨はたしかに轟然と降り続いているのだが、それは通奏低音のように背景に遠ざかって、無音の中をただ無彩色の人々の営みだけが続いていく。

60年前も、たぶん600年前も変わらないように、樹々は立ち続け、蝉の声は降りしきり、夏空はまぶしく輝きつづける。



信号の

青になりまた青になり

とこしへに

ふる 蝉の声かな