その日ぼくは、アーケード街が国道と出会い、そこで南北に分断されているとある交差点で自転車をとめ、信号が変わるのを待っている。
傍らには、後輩の女の子がいる。
2人でヤマハにコンサートのチケットを買いに行く途中だったかもしれない。
アーケードの切れ間から見える空はしだいに暗さを増し、腕時計を覗くと針はもう7時を廻ろうとしている。
本当なら家で受験勉強をしている時間だ(高校3年の冬だった)。
しだいに人影の減っていく商店街を自転車で走り抜けるとき、脇をすいすいとすり抜けてゆく風が心細かったのだ。あかあかと灯ったアーケード街の電飾が、明るければ明るいほど虚しく感じられたのだ。
何かしら言い訳を作っては逃げ場所を探している自分が、情けなく思えたのかも知れない。ぼくは、いつのまにかひと月前に別れたあの人のことを考えだしていた。
なかなか青に変わろうとはしない信号を、向こう岸で待っている人びとの姿が目に映る。そこはちょうど、いつもあの人と並んで待ち、一緒に渡った交差点だ。
たくさんの人波にまぎれながら・・・
あたりまえのように気が滅入っていく自分を、ただどうしようもなく見ているぼくがいる。
傍らでは後輩の女の子が、何も知らずに幼い横顔を見せてやはり信号を待っている。
やがて信号が青に変わる。
両岸からいっせいに溢れだした人波を振り切って、ぼくは自転車を走らせる。素直についてくるはずの彼女の姿を背中で感じながら。
ようやくのことで雑踏を抜け出し、ふたたび人影まばらなアーケード街が前に開けたとき、ぼくは自転車をとめて振り返る。
彼女の姿が見えなかった。きっとまだ、あの人波から抜け出せないのだろう。
心配しながら待っていると、まもなく彼女の乗った自転車が現れる。
「お待たせしました」
そう言って彼女は笑った。ぼくもつられて笑ってしまった。
まだあどけない少女のようだった。
そのときほんの少し救われたような気がした。互いの心を傷つけながら喧嘩別れのままで終わってしまったあの人のことが、ほんの少し遠のいたようだった。
そのとき、彼女の笑顔はまるで天使のそれのように、ぼくには思えたのだ。